五十路の万華鏡

アクセスカウンタ

zoom RSS 馬琴の嫁

<<   作成日時 : 2010/02/22 06:17   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

本の感想の前に・・・

20日(土)と21日(日) 娘は横浜アリーナでゆずのコンサート参戦。
チケット入手困難なと違って何度もコンサートに行けるなんて羨ましい

20日のコンサート終了後も興奮冷めやらず、深夜1時に目覚めてしまった娘は、私が21日朝起きるとクッキーやチョコレートケーキを作ってくれていました。
美味しかったよン
画像

すっかり熱狂的な『ゆずっこ』へと変身してしまった娘。
今では嵐ファンを返上してしまいました

嵐のデビュー当時、中学生だった娘は『嵐の大野クンが好き』と言うと
周囲の皆に「エ〜、何でぇ〜!?」大ブーイングを受けていたとか。

それが時を経てここまで国民的アイドルになろうとは!!

でも娘にとっての一番不思議な事は、それから10年後、自分の母(私のことです)がこんなにイタい嵐ファンになってしまったことかもしれません

        
さて、本題。(本に興味の無い嵐ファンの方は最後の一行だけでも必見!分かるかな〜?)

群ようこさんファンの私。
今までたくさんの著書を読んだのですが、今回は異色の時代小説もしくは歴史上の人物の伝記といった感じでした。
画像

滝沢馬琴は『南総里見八犬伝』を書いた江戸時代の戯作者です。
その馬琴が晩年、目が見えなくなったため口述筆記を頼んだのが馬琴の一人息子の嫁である『みち』だったそうです。

この『みち』の苦労は現代人からは、ちょっと想像できないほどです。
まず結婚直後、慣れ親しんだ『てつ』という名前を、同名の親戚がいるという理由で『みち』に改名させられます。

当時は当たり前の事なのか、実家の両親にも勝手に会ったり話したり出来なかったようです。
また、好きな猫や三味線等も婚家では家風に沿わなかったため封印してしまいます。

嫁いだ先の義父(馬琴)はかなり細かく厳格な性格、義母は癇症、夫は病弱で年中寝込んでばかり。
夫婦仲は悪かったのですが子供は3人もうけます

その真ん中の女の子は子供のいない義姉夫婦の養子に出さなくてはならず、辛い別れを経験したり・・・。

かなり気苦労の耐えない生活ですが、彼女は持ち前の明るさ芯の強さで乗り切っていきます。
群ようこさんの軽快な筆さばきもあるのでしょう。全く暗さを感じさせません

そして最後、なんだかんだあっても夫や義母、馬琴らを看取る時には、それぞれがみちに感謝の言葉を述べて穏やかに息を引き取ります。

大らかで物事に動じず、一家を支えたみちは凄いです。

でも、私がみちだったら・・・やっぱり離婚していたかな?

そうしたら『大地、若干悲しむ』になっていましたね。←コレって大野クンファンなら分かるギャクなんですけどね




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
馬琴の嫁 五十路の万華鏡/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる